こころのノート(物理)

こころのノートではありません。

分かったことのメモ あしたのこと

最近「そっか!」って分かったことがあるんだけども

 

ていうのも、生きる活力といいますか。

私の行ってる大学はひじょーーに精神的にアクティブな方が多くて、それはもう「日々前進!!」とか素で言っちゃう人がわんさかいます。あれだ、あの謎の格言が習字で書いてある日めくり(月めくり?)カレンダーとかってあるやん??あーいうのほんと口からぽんぽん出たり座右の銘にしてる人がいっぱいいる。きつい。毎日充実してそうで何よりです。

そんな人達の近くに行くこともはばかられる様な人生を送ってる私は、もうみんながなんでそんなに毎日が精神的に元気なのかもう不思議で不思議でたまらない。

 

で、なんでそんなに元気なんだ、私と何がちがうんだ、と考えてみた。

私も気が狂いそうに寂しかったりすると、無理矢理約束取り付けて人に会ったりもするけど、それが明日への気力に繋がることがなくて。

周りは「今日楽しかった!明日も頑張るぞーー!!」ってなってる。

まぁこれはひとえに私の甘えがデカイんだけど、まぁ甘えにも甘えなりの理由(クソかよ)があるんじゃないかと思って考えてみました。人生舐めてる甘え野郎の戯言だからまぁ、イラつかずに流してくれや。

 

で、決定的な違いを見つけた。

要はその目の前の楽しいことへの見解、というか姿勢?の違いじゃないかと。うーん、言葉にするのが難しいな。

 

私は、本当に気が狂いそうになって「これはあかん、なにか、なにか楽しいことでもして気を紛らわせねば…生きる気力が…」ってなって遊ぶことが多い。約束の日まで「こういう楽しいことがあるからそれまで頑張ってやり過ごすんやで!!」って自分に無理やら言い聞かせるかんじ。もう圧倒的逃げ。くるしさから逃れるため。本当に楽しみにしてるかどうかはあまり考えません。だから出発の時間間近になると圧倒的行きたくなさに駆られることも少なくない。楽しいことのはずなのにどうしようもなく面倒くさくなったりして、気分が乗らずに行くことも多々(まぁ向こうで楽しくなることもあるから)だから遅刻回数もまぁそれはすごい数なんですけどね。クズです。こんなのに付き合ってくれる友達ほんと天使だとおもう。

こんなんだから当然、約束が終わればもう空っぽです。これで約束事が楽しくなかった時などもう地獄です。一人酒して終電で帰ります。枯れてる。「明日から頑張ろう!」なんて思う余裕ありません。というか明日が怖くて気紛らわしてんだよなこっちは。

 

私が羨ましいと思う人たちは、おそらく楽しいことをこんなふうに使ってないと思うんです。明日に希望いっぱいじゃなくても絶望することもない、一定の最低ラインの希望くらいは持ってる。から、逃避目的で遊ぶことも無ければ、終わって空虚になることも無い。純粋に楽しいことを楽しんで、その楽しい気持ちを胸に抱いて明日を迎えるんでしょうね。「楽しかった!頑張ろう!」ってなるよね。これ、めっちゃ羨ましいな…人生楽しいやん…

 

考察の結果まぁ、こういうわけです。少しは分かってもらえたでしょうか

まぁ、甘えてるやつの長ったらしい言い訳に過ぎないですけどね。

 

「明日も頑張ろう」って思いたいなーー思えないなーー

まずは頑張ろうって気力を出すところからだね。