読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こころのノート(物理)

こころのノートではありません。

新しい疾患増えました。

そういえば、この間新しい心療内科、精神科(一緒になってるとこ。内科も一緒だからODしても安心だね!!!)に行きました。これからはそこに行くと思います。転院。

 

で、新しい診察受けました。

発達障害でした。

ADHD

うわーーー生涯、障害者だねおめでとう!!

うつ病発達障害のダブルキャリアです。

生きづらいことこの上ない。

まぁ、半ば確信してたところあったし、医者にもエピソードとか色々話してたら「まぁ、話聞いてる限り、心理テストするまでもなくADHDですよ」と言われました。ほぼ100%だそうです。よかったね。(よくない)

なんか、聞いた時はあんまり、なんていうか、そっかーってかんじで(まぁ多少泣きそうにはなりましたが)絶望!!!!って感じでは無かったんだけど

こういうのは時間差でジワジワくる。

健常者はいいなぁ。羨ましい。生きづらいなんて、おもったこともないんだろうなぁ。お酒制限されたりとか、ないんでしょ、いいなぁ。 ってずっと思いながら帰り歩いてた。

割とショックだったみたいで次の日の飲み会でボロ泣きしたりと失態はしましたが、まぁしりません。しらない。考えないことにします。お酒の頻度と量制限されたけど、一人じゃ飲まないし、頻度もそんなに高くないので飲み会の時はガツンと飲んでやります。知りません。お酒で発達障害が悪化するっていうなら話は別だけど。え、そうなのかな??しらない。なんかもう疲れちゃったんだもの。たぶん依存症防止のために止められてる。

 

あと、これは診断受けてないし自分でも確証持ってないからなんとも言えないんだけど、なんとなく境界性パーソナリティ障害も疑ってるんだよね

目の前でリスカしたりとか、そういう脅し?みたいなことは嫌われたくないし絶対しないんだけど、嫌われないならやりたいし、だって離れて欲しくないですし

自分が何者か分からない

とか

常に虚無感がある

とか結構当てはまるんだよね、ただこれは鬱によるものの可能性もあるからなんとも言えない。けど鬱のひとの半分は境界性パーソナリティ障害なんだって。無い話ではない。

 

なんこキャリアもつつもりだよもーー

 

そういえば母親に

1日で気分の上げ下げの変調がすごいし、3年も治療して治ってないし、もしかして鬱じゃなくて躁鬱なんじゃないか、とも言われました。えーーーーー。心当たりはない訳では無いけどなんかもう、いっぱいいっぱいだよ。

最近の躁鬱(双極性障害?)は躁がわかりやすく出ないことが多いんだって。

ほっとんど鬱で、たまーにちょっとだけ調子が良くなる。それが躁。

こんなんわかるかーーい!!!!

 

なんだかあたらしい病気?がたくさん出てきてよくわからない。

疲れたなぁ

今年、休学するけど大した希望持てないんです。

「やりたいこと何にも考えずに沢山させてくれる1年」なんて

なんて贅沢な1年なんだろう。喜んで、めいいっぱい希望に満ちなきゃいけないのに。

 

生きづらい。

 

一生付きまとうこれが、どうにも明るくさせてくれません。その上今とても調子悪いがわるい。

ずっと横になってたいなぁ。

 

「寝てる時が一番幸せ」って言ったら

「そんな悲しいこと言わんといて」と母親に言われた。悲しいことなのか。私はこれ以上いろんな事考えたくないから、死なない、異洗浄しなくていい程度に睡眠薬ODして少しラリってグッスリ寝てる時が一番幸せだよ。

 

寝たいなぁ。でも目の前のお仕事やらなきゃ。消えたい。ずっと眠ってたいや。

 

彼氏願望

彼氏が欲しい欲しいってずっと言い続けてて

というか、馬鹿らしいことに病んでる理由として割と大きいのが「彼氏ができない」だったりもするわけですが。ほんとに馬鹿すぎて情けなくて笑える。

 

でも追先日、ふと思ったんですけど

私、嫌われたくないあまり好きな人に隠したい部分しかないから彼氏なんて出来ない方がいいんじゃないかと。嫌われたくないから、隠すし、自分の思ってることも言わないで出来るだけ相手に合わせるし、ずっと何かビクビクしながら生きてるかもしれない。

嫌われたくない願望が強すぎるんだよなぁ。

これって自己肯定力が低すぎるのはもちろんの事、なかなか図太いというか厚かましい考えですよね。四六時中好かれてたいってことなんだから。

かつていたセフレを本気で好きになってた時期がありました。てかそのセフレ、下手したらこのブログ見てるんですけども(いぇ~い!!!見てるぅ!!!!????)

そのセフレに嫌われたくなくて、ずっとずーーっと彼の反応を気にしてた気がします。

一番心許せたし、今でもそう。当時なにか辛いことがあったらすぐ飛びつく相手も彼でした。けど、ほんとに嫌われたくなくてずっと、それこそLINEで返信来なかったら泣きながら待ってたこともザラ。こわい、こわすぎる私。どこか怖くて、距離を置こうと思えるようになってやっと「これは私、あかんやつや」と気付きました。あ、今でも恋愛でじゃないけど彼は大好きですよ、大好きだよ!

 

結局、嫌われたくないとか、そういうことばっかり考えてるうちは彼氏出来ないんだと思う。自分の目も他人(世間)の目も気になりすぎて、にっちもさっちも行かなくなってるのが今の私。

 

誰かの唯一になりたくて、同性の親友とかそんなんじゃダメなの。あんなの私1人じゃなくたっていっぱいいるんだろうし、「友達のランク付けなんて出来ない~」とか言ってる奴ほど、無意識なんだか意識的になんだか知らんけどランク付けに基づいた行動をわかり易くする。友達はいつだって一番じゃない。私はいつだって下から数えた方が早かった。親友なんて定義がフワッフワしたものじゃなくて、「恋人」っていう絶対(浮気してなければ)1人にしか与えられない関係性が欲しい。

 

誰かの唯一になれない私なんてだいっきらいだ。

分かったことのメモ あしたのこと

最近「そっか!」って分かったことがあるんだけども

 

ていうのも、生きる活力といいますか。

私の行ってる大学はひじょーーに精神的にアクティブな方が多くて、それはもう「日々前進!!」とか素で言っちゃう人がわんさかいます。あれだ、あの謎の格言が習字で書いてある日めくり(月めくり?)カレンダーとかってあるやん??あーいうのほんと口からぽんぽん出たり座右の銘にしてる人がいっぱいいる。きつい。毎日充実してそうで何よりです。

そんな人達の近くに行くこともはばかられる様な人生を送ってる私は、もうみんながなんでそんなに毎日が精神的に元気なのかもう不思議で不思議でたまらない。

 

で、なんでそんなに元気なんだ、私と何がちがうんだ、と考えてみた。

私も気が狂いそうに寂しかったりすると、無理矢理約束取り付けて人に会ったりもするけど、それが明日への気力に繋がることがなくて。

周りは「今日楽しかった!明日も頑張るぞーー!!」ってなってる。

まぁこれはひとえに私の甘えがデカイんだけど、まぁ甘えにも甘えなりの理由(クソかよ)があるんじゃないかと思って考えてみました。人生舐めてる甘え野郎の戯言だからまぁ、イラつかずに流してくれや。

 

で、決定的な違いを見つけた。

要はその目の前の楽しいことへの見解、というか姿勢?の違いじゃないかと。うーん、言葉にするのが難しいな。

 

私は、本当に気が狂いそうになって「これはあかん、なにか、なにか楽しいことでもして気を紛らわせねば…生きる気力が…」ってなって遊ぶことが多い。約束の日まで「こういう楽しいことがあるからそれまで頑張ってやり過ごすんやで!!」って自分に無理やら言い聞かせるかんじ。もう圧倒的逃げ。くるしさから逃れるため。本当に楽しみにしてるかどうかはあまり考えません。だから出発の時間間近になると圧倒的行きたくなさに駆られることも少なくない。楽しいことのはずなのにどうしようもなく面倒くさくなったりして、気分が乗らずに行くことも多々(まぁ向こうで楽しくなることもあるから)だから遅刻回数もまぁそれはすごい数なんですけどね。クズです。こんなのに付き合ってくれる友達ほんと天使だとおもう。

こんなんだから当然、約束が終わればもう空っぽです。これで約束事が楽しくなかった時などもう地獄です。一人酒して終電で帰ります。枯れてる。「明日から頑張ろう!」なんて思う余裕ありません。というか明日が怖くて気紛らわしてんだよなこっちは。

 

私が羨ましいと思う人たちは、おそらく楽しいことをこんなふうに使ってないと思うんです。明日に希望いっぱいじゃなくても絶望することもない、一定の最低ラインの希望くらいは持ってる。から、逃避目的で遊ぶことも無ければ、終わって空虚になることも無い。純粋に楽しいことを楽しんで、その楽しい気持ちを胸に抱いて明日を迎えるんでしょうね。「楽しかった!頑張ろう!」ってなるよね。これ、めっちゃ羨ましいな…人生楽しいやん…

 

考察の結果まぁ、こういうわけです。少しは分かってもらえたでしょうか

まぁ、甘えてるやつの長ったらしい言い訳に過ぎないですけどね。

 

「明日も頑張ろう」って思いたいなーー思えないなーー

まずは頑張ろうって気力を出すところからだね。

あまえ

母とはどうも依存しがちになる

けど、母とは何度おなじ話をしてもどうも思想が食い違う

いつも母に「え…まさかそうやとは思わんかったわ…」と言われる

多分、根本的に母は私のつらさとか、そういうの理解してないし出来ないのが原因だと思う。

私は大学が嫌いなんだけど、もっというと大学が嫌いな、馴染めなかった私はもっともっと嫌いだし、というより大学が嫌い云々の前に生活していくことに希望を見いだせない。

本当に、楽しいこと去年いっぱいあったはずなのにどれもこれも、取るに足らなくなってしまって。年末の公演しか心に残ってないんだ。去年は初めて友達とディズニーランド行ったり、良い映画もたくさん見た。けど幸せな時間よりも「いつ死ぬんだろう」とか「自傷したい」とか思ってた時間の方が圧倒的に長くて

 

「楽しいことばかりじゃない。辛いのが人生」

ってよく言うけど、じゃあみんな「自傷したい」とか「死にたい」とかの感情を毎日抱えて生きてるんですか。

睡眠薬を規定の倍飲んでラリって1日寝っぱなしでそのあと、前後の記憶が危うくなったりするんですか。

そんなことしといて「ラリってる時がココ最近で一番幸せだったわ」とか思えたりしてるんですか。

 

この手の言葉を吐く人ほど幸せなんだ

というか幸せだからこんな無責任なこと言えるんだろうな。

 

私だって、どうせ落ち込むなら貧乏とか、わかりやすい身体疾患とか、もっと周りにもわかりやすい理由で落ち込みたかったし、立ち直った時に体験談として美しくなるような方が良かったよ

だから、病気モノとかのドキュメンタリーだいっきらい。あの手のものは肥大したメンヘラの自意識にダイレクトアタックですからね。

「こんなに辛くても頑張ってる人がいるのに大して体調悪くもないお前は何をぐずぐずしている。」と世間様そして家族から見られてるような気持になるんだよ。

 

辛い思いをしないと幸せになれない

今までろくに苦労をしてなかった私はそのしっぺ返しが今きてるんでしょうね

けどさ、こっち方面の辛さじゃなくていいじゃない。こんなの、理解してもらえないよ。

つらいなぁ

 

母は私にどうなってほしいのか

なーんて、分かりきったことなんですがね

こないだ実家で「あんたは言うほど悪くない。あんたも自分でそれは分かってるやろ。甘えてるところいっぱいあるんやで」と言われた。

きっとそうなんだろうなぁ

だってさ、甘えたいもん。いっぱい。みんな幸せそうだから。

でもこれ、中高の時から思ってたわけじゃないんだよ?2016年は絶賛甘えたいオブザイヤーでしたね。

 

みんななんで甘えたいって想わないのかなって思ったらさ、わかったんだよ

みんな、あまえる人いるんだ

ちゃんと見つけてる。彼氏とか、親友とか。

私にはさ、何にもないよ

お酒しかない。これでアル中になってないの褒めて欲しいくらいだよ。

 

最近思うのは、多分私って物心つく前が一番幸せだったんだと思う。

うんと小さい頃に戻りたい。記憶もないくらいの。

その頃って甘え対象が両親しか選択肢がないじゃん??で親も加護対象は子供しかいない訳じゃん。大きくなったら甘え対象の多さ=社会性だもん。自立は依存相手を増やすことだって聞いてほんとそうだと思った。

社会性皆無の私にそれは辛すぎる。何も考えず、社会性とかそんなの考えずに両親に甘えれたあの頃(記憶無いけど)がきっと一番幸せだったんだよ。

 

頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ

毎日思ってるよ、ちゃんと

出来ないのはなんでだろうね、気力も湧いてこないや

 

ゆめの話

あけましておめでとうございます。

なんだかこのブログもちょろちょろと見てくれてる人がいるみたいですね、ありがとうございます。接触事故のような感じで来てしまった人はまぁ、早く忘れてね。

リア友の人はもうほんと、悪い夢でも見たと思ってください。

 

夢といえば。

年末の年明け前になるんですが、ちょっとした夢を見ました。

夢特有の「シチュエーションというかどうしてそうなったのかは分からないけどなんかとりあえず集まってた」っていうシチュエーションのアレだったわけですけど

どこか分からないし目的も分からないけど、どこか広い場所で久しぶりに劇団メンバーと会う夢でした。

わー!久しぶりー!ってみんなと挨拶してたら、1人のメンバーの男の子が私の方を見て心配そうに「大丈夫?」って聞いてきた。

その子とはリアルでは別に特別仲良かった訳じゃなくて、知り合い程度だったし、私のTwitterも見てないだろうしで現実ならぜっっったいに言われない言葉だった。

 

私はいつも半笑いで「大丈夫かよーwwwwww」みたいなノリでしか言われなくて、その度に「元気だよwww」って答えてたから

心配そうに聞いてきてくれたのが嬉しくて申し訳なくて、でも嬉しくて、恋愛の好きとかでなく「ありがとう」って気持ちになってみんなの前なのに思わず抱きついてしまってた

 

っていう夢でした。

夢って起きてすぐはなかなか思い出せないから、しばらくしてこの夢を思い出してなんだか空虚になってしまった。

私が何を望んでるのかが如実に出た夢だったなーーと。

そしてこれは生涯、叶えられないだろうな、と。

 

私、ずっとこうして聞かれたかったんだ。

気持ち悪い笑いやノリで誤魔化した心配なんて要らなかった、欲しくなかった。

メンヘラじゃない人に、こうされたかったんだ。

けど無理だから、今日も明日も、メンヘラ同士で傷舐め合うよ。

だってこの気持ちはメンヘラにしか分からないもんね、でも重いってことはメンヘラじゃなくても分かる。

重いものはみんな持ちたくないんだ、わたしも、健常者も。

 

幸せになりたいなー

自傷の話 3

当たり前のことだけど、普通自傷ってしないじゃないですか。

 

だから、私は自傷することで「普通の辛さではない」「こんな異常なことをしてしまうレベルには辛いんです」

って言いたかった。から、やってた。

 

けど、ほんとに自傷歴が長い人ってすごく深くて、私のレベルの自傷だと「かまってちゃん」とか「ファッションメンヘラ」とか言われてたりもするって気付いてから

「もっと深くてやれるようにならないと」

って思ってた

ここらへん狂ってるなって冷静に今思う(  ˙-˙  )

 

たぶん、全ては認められたかった

今の私も、その辛さも

自傷すると、可視化される。からみんな気遣ってくれると思ってた。

 

それからは取り付かれたように短期間でザクザクと切ってた

1回で10は切ってた

薄くて軽いアムカ

モヤモヤして暗くてどんよりして他人への「どうして」が溜まっていって切って、でも冷静だから切った後の血の処理はちゃんとしてた。止まるまでちゃんとティッシュで抑えてた。けど、絶対に絶対に消毒はしなかった。消毒して綺麗に治すようなことするくらいならしなけりゃいい。絆創膏だって貼らない。傷が服の繊維に擦れてピリピリしてた気がする。

 

こんなことして、他人に気遣ってもらえたら、なんて思ってた

責めるつもりはないって言ったけど、正直恨んでた。今でも許せない。ごめんね。

だから、そいつらと会うたび、この跡がバレて「なにこれ?」「どうしたの?」って言われればいい。あんたのあの一言がきっかけで、って言ってやりたいとずっとずっと思ってた。

けど、傷が赤いうちは彼らに傷口を見せる事はありませんでした。

見せられなかった、怖くて

全部隠してました。

 

夏になって、自傷もしなくなって、傷が色素沈着して目立たなくなったころからしか腕は出してない。

 

 

これが私の自傷(カット)編

 

ただ、自傷って麻薬のようで

やめてからも時々どうしようもなく自傷したくなる。

切りたい切りたい切りたい切りたいってなって、捨てたカミソリを買って、お守りのようにしたこともある。

1度だけ酔って切ったこともある。

カットではなくODもした。

ODの方もなかなか手強くて前にも書いたけど(詳しくはそちらの記事で)薬を見ると大丈夫な程度に沢山飲みたくてたまらない。

ODに関しては、たぶん私は全部無かったことにしたい欲がすごいから、記憶を飛ばしたいんだと思う。お酒と一緒。寝てる時が一番幸せだよ。

 

 

以上。こんなにつまらない動機もないな。

幸せになりたいだけなんです私。

人並み以上の何かじゃなくて

人並みのものが欲しいだけ。

他のみんなみたいに、友達と楽しくしたり、飲みに行ったりしたくて、たまに都心に出かけたり、一緒にご飯食べたり、恋愛したり、彼氏が居てみたり 、友達と課題やって勉強に勤しんでみたり

何より寂しくなりたくない  

みんな、どうやって生きてるんだろう

お酒も自傷も薬もなくどうやって生きてるんだろう

寂しくないですか、辛くないですか、死にたくなりませんか、将来に希望なんて持てますか、自分なんて好きになれますか、何に自信もってるんですか

 

気が付いたらひとりになってた気がするかよく分からない

 

はーぁーあ

 

早く寿命がくればいい。

自傷の話 2

私が自傷をしようと思うに至るのには段階があった

きっかけは2つ。

 

1度目のきっかけは、大学一年生の頃

しんどかった、体はしんどくなかったけどなんかしんどかった記憶がある。

その時、リスカ癖の長い友達が近くにいて

単に興味から色んなこと聞いた

この心のモヤモヤやしんどさが消える何かを探してた私は、いっちょ試してみようと思った。カッターを手に、手首に当てて 

前も言ったけど私は手首の青い血管が大嫌い。

怖くて震えた、呼吸も早くなって、本当に怖かった。出来なかった。これが最初。未遂。

 

次に大学二年生

 

初めに言っておくと、私はこれから出る人達のことを責めるつもりで書いてる訳では無い。どう考えても私がおかしいから、単なるきっかけ。だれも悪くない、あ、私は悪いか。

 

しんどいながらにも頑張った二年生。しんどかった。今の方がしんどいけど。

死にたくないけど、私の生きる場所が今いる場所ではないことだけは分かっていた時期。

 

そんな時に同期に言われた

「まさきちはさぁ、何がそんなに辛いわけ」

 

分からなかった

分からないなら、辛くないのかと思った

私は、言うほど辛くないのに騒いでるだけなのかな、病気じゃないのかも、色んなことが頭を駆け巡る中、唯一わかったことは「私は他人から見て辛い人に値しない」ということ。辛い理由が分からない、辛そうぶってる健常者。

「お金も困ってないでしょ、言うほど」有難いことに困ってない。裕福な方である。バイトもしてなかったし。

 

あれ

 

真っ白な頭の中で、干からびたみたいな声で「さぁ…まぁ、生きるのがしんどいよね」と答えた

 

確かに私はしんどいのに

辛いのに

分かってもらえない

私さえも分からない

 

帰ってからぼうっとして、考える間もなく「アムカしよう」と思った。

手首がダメなら腕を切ればいい。

私、こんなに辛いんだよって、わかり易くしないと駄目だと思った。可視化しよう。

 

可視化すると楽になった

社会に「辛い」と言うのが許された気がしたし、自分にもわかり易かった。私は辛い人間なんだ。

 

書いてたらしんどくなってきた

カラオケルームにて

友達ねちゃった

 

一旦切るね、おさけがおいしい